「大学を辞めたくないなら、俺の手の中に落ちてこい」 幼い頃から私を見知っていたと言う9歳年上の男が、ある日突然そんな言葉と共に私の生活を一変させた。 ―― 母の入院費用捻出のため、せっかく入った大学を中退するしかない、と思っていた村陰 花々里(むらかげ かがり)のもとへ、母のことをよく知っているという御神本 頼綱(みきもと よりつな)が現れて言った。 「大学を辞めたくないなら、俺の手の中に落ちてこい。助けてやる」 なんでも彼は、母が昔勤めていた産婦人科の跡取り息子だという。 学費の援助などの代わりに、彼が出してきた条件は――。 クスッと笑えるラブコメ目指します! (改稿版 2020/08/14〜2021/08/19)
ดูเพิ่มเติม「家賃を払える目処が立たないとなるとねぇ、可哀想だけど出て行ってもらうしかないんだよ。こっちも慈善事業じゃないんでね」
年配の大家さんの溜め息混じりの声を聞きながら、溜め息をつきたいのはこっちだよぅ、なんて思ってるだなんて、言えるわけない。 「もちろん私も悪魔じゃない。村陰(むらかげ)さんのお宅の現状だって分かってるつもりだ。だからね、すぐにとは言わないよ。そうだね、1ヶ月猶予をあげよう。だからその間に、ね?」 ね?と言われても私、なんて答えたらいいの? どう答えるのが正解? この春から、念願叶って幼なじみの小町(こまち)ちゃんと一緒に、華の女子大生デビューを果たしたばかり。 今年度の学費に関しては、お母さんから「一括納入してあるから大丈夫。花々里(かがり)ちゃんは勉強に専念して」と言われた。 私が幼い頃に父が他界し、母子家庭で母娘ふたり支え合いながら頑張ってきたうちはそんなに裕福ではないから。 てっきり学費も前期、後期に分割して払うんだと思っていた私は、どこにそんなお金が?って思ったけれど、きっと私の進学のために貯めてくれていたのよね?と自分に言い聞かせた。 だからとりあえずそこまではいいとして――その先はどうなるんだろう。 学費が工面できなければ、進級は諦めないといけなくなるよね、きっと。 そもそも――。 大学云々の前に……私、住むところを心配しなきゃいけないっ。 お母さん! 学費より家賃を残しといて欲しかったです!とか思っちゃうのはワガママですか? そう言えばお母さん、学費の話の後、さらに何かを言いたげに私を見つめてきたけれど、あれは……もしかしてお家賃のことを気にしていたのかな? でもそれにしては少し表情が違ったような? あれはもっとこう、なんていうのかな? そう! 一人娘を嫁に出す父親!――母親だけど――みたいな顔? まさかね! 何にしても呑気にみんなと机を並べて勉学に勤しむ、とかどう考えても無理な気がしてきた。 と言うのも――。 ひと月ちょっと前に唯一の肉親で、我が家の大黒柱だったくだんのお母さんが突然倒れて。 意識こそすぐに回復したものの、頭の手術が必要でしばらくは絶対安静だと言われてしまったから。 しかも倒れた際に腕も骨折してしまって――。 とうぶんは仕事もお休みしないといけなさそう。 本人は「大丈夫、すぐ復帰するわよ!」って言い張るけれど、いま無理させたらまた倒れてしまいそうで嫌だ。 なるべく大人しく身体を休めておいて欲しい。 そんなお母さんに、お家賃が支払えなくて住むところがなくなっちゃいそう!とか言えないよ。 うちのアパート、そんなに新しくないけど駅近で立地がいいからかな。 案外お家賃が高額で、驚いたの! 問題が山積みすぎて、何から処理したらいいのか分からない。 どうしよう……。 *** 父親を幼い頃に亡くした我が家の家計は、手に職のあった母親が、女手ひとつで支えてくれていた。 お母さんが倒れて、収入の途絶えた我が家の財政は、覿面坂道を転がるように傾いていって。 わずかにあった蓄えを、私の大学進学のために吐き出した直後だったこともきっと災いしたの。 どこまでもついていない。 今や次の食費の捻出にも困るほどの、立派な火の車になっちゃった。 この辺に食べられる野草とかあるかしら!?とか考えてしまう程度には私、腹ペコです。 そんな中、お母さんだけは入院中で食事の心配をしなくていいの、本当によかった!って思ったの。 弱ってる人は栄養摂らなきゃ元気になれないもの! これは本当、不幸中の幸い。 病院も絶対安静の期間はお母さんのこと、入院させておいてくれると思う。でもそのあとは……? 現状を知ったら絶対お母さん、無理しちゃうよね!? うー、本当ジレンマ! *** もちろん、私だってこの状況を指をくわえて見ていたわけじゃない。 進学してすぐだったけれど、出来得る範囲でバイトにも明け暮れた。 でも――。 女子大生が講義の合間を縫って働ける時間なんてたかが知れていて……。 義務教育じゃないんだから学校自体行く必要はないのかも知れない。でもせっかく入れた大学だし、しかも学費は納入済みって聞いちゃったら。 貧乏性の私としては、通えるうちはちゃんと通いたいって思ったんだもん。 だって授業料って安くないし、もったいないじゃない!? 入院中のお母さんには「へーき、へーき」って嘘をついてなんとか誤魔化してきたけれど……そろそろ限界かも知んない。 ――お母さんが退院してきたら……何て話そう。「意味わかんないよ?」 キョトンとして寛道《ひろみち》を見詰めたら、「お前のこと好きだっつってんの! 分かれよ」って怒られた。 そ、そんなのっ、唐突すぎて分かりっこない! *** そもそも寛道は小町《こまち》ちゃんが好きなんだから、私への「好き」は恋愛絡みの「好き」ではないはず。 きっと小町ちゃんに振られちゃったからご乱心なのね? ということは、きっとこの好きって――。 「……えっと……それは……私がかぼちゃの煮物が好き、とかいうのと同じ〝好き〟だよね?」 そうなんだと思う、きっと。 こう、小さい頃から慣れ親しんでるから、見掛けたらホッとする感じの。 それ、奪われると思ったから焦ってるのね? もぉ、可愛いところあるんだからっ。 そう思いながら「だよね?」のところで小首を傾げたら、寛道が息を呑んだ。 えっと……。 否定しないってことは……肯定でOK? だとしたら――。 「私も寛道のこと、嫌いじゃないよ?」 寛道、何だかんだ言って、小さい頃から可愛がってくれるし、たまにだけどこんな風におばさんの手料理をお裾分けもしてくれる。 何より私が困っていたら憎まれ口を叩きながらも今日みたいに助けてくれるでしょ? だから、嫌いじゃない。 あえて「好きだよ」とは言わずに「嫌いじゃないよ」って言い方をしたのは何となくで深い意味はない。……
「ばっ、バカじゃないしっ!」 一応この大学、結構偏差値高かったでしょ!? そりゃ、寛道《ひろみち》や沖本先輩の薬学部よりは私の通う文学部はハードル低いけど……私、結構頑張ったのよ? むぅーっと頬を膨らませたら「自力で帰宅出来ないヤツにバカっつって何が悪いんだよ。――それに」 そこでフイッとそっぽを向くと、 「どこの才女が食いモンに釣られてよく見もせず婚姻届にサインすんだよ」 ってつぶやかれて。 あまりにごもっともな言い分に言葉に詰まった。 「そっ、それはっ。――でも! ちゃんと保留にしてもらってるもんっ」 言いながら、ズンズン先に歩いていく寛道を小走りで追いかける。 学内でも人気の少ない裏門までの道。 研究棟などの横を通り抜ける小道は要所要所で少し薄暗くて怖いけど、御神本邸《みきもとてい》へは正門を抜けるよりこっちの方が近道なのだと、今朝寛道に教わった。 ただし、遠回りになってもひとりでは通るな、と釘を刺されて。 だったら教えないでよね、通りたくなるじゃない、と思ったのは内緒。 と、いきなり寛道が立ち止まって、私は彼の背中――正確には寛道が背負ったリュックに鼻をぶつけて涙目になる。 「もぉ、急に立ち止まらないでよ! 鼻打っちゃったじゃない」 金具に当たったから赤くなったかもしれない。 鼻の奥がつん、として……じわりと目端に涙が浮かぶ。 そんな状態で鼻の頭をこすっていたら、振り返った寛道に唐突に抱きしめられた。 「ひゃっ、ちょっ、何っ!?」
「でっ、でも頼綱《よりつな》のことはっ」 言おうとして、「花々里《かがり》ちゃんがトラウマだって言ってるお菓子のお兄さんだって……結局は餌付け絡みじゃないの」って小町ちゃんにポツンと落とされて。 私は先が続けられなかった。 だって……頼綱のことをどう思ってるかなんて……悔しいけれど、結局のところ自分が1番分かってるんだもん。 どんなに否定したって悪あがきに過ぎない。 私は疑うべくもなく、強く頼綱に惹かれてる――。見た目も中身も……。それから美味しいものを沢山くれるところも。 そう。 悔しいけど……もうすでに手遅れなくらいに……。 全部全部大好きになってるよ。 *** 「花々里ちゃん、ごめんね。私、隆也《たかや》先輩と帰る約束しちゃってて……」 今日はみっちり授業が詰まっている日だったので、全ての講義が終わったら18時を過ぎていた。 5月ともなれば段々日が長くなってきているし、少し前みたいに暗いとは感じなかったけれど、慣れない道を暗くなりつつある中、ひとりぼっちはしんどいなとか思ってしまって。 ちょっぴり小町《こまち》ちゃんに甘えてしまいたい気分に駆られたんだけど、どうやら小町ちゃん、大学に入ってすぐに出来た彼氏――寛道《ひろみち》と同じクラスの沖本隆也先輩――とデートの約束があるみたい。 「そっか。そりゃ仕方ないよ。先輩によろしくね」 言ったら「花々里ちゃん、今日はヒロくんと帰ったらどうかな?」とか。 寛道なら確かに私の新居を知っているし、打って付けといえば打って付けだけど……何だ
「あ、あのっ、お、お漬け物のお話よ!? ……い、イイナ漬けっ。美味しいな? えへっ♪」 苦しい言い訳で逃れようとしたけれど 「かぁーがぁーりぃーちゃぁーん。そんな漬け物ないでしょ? さぁ、恋人すっ飛ばして婚約者……いや、もしかしてご主人!? とにかく私を差し置いてそんなことになっちゃった経緯っ! 詳しく聞かせなさいっ!」 誤魔化せるわけ、なかった……。 *** 「えー、それっていわゆる玉の輿じゃん? 何を躊躇う必要があるの?」 小町《こまち》ちゃんの粘り強さはスッポン並み。 日頃は春風駘蕩《しゅんぷうたいとう》とした雰囲気のくせに、気になることが見つかると、途端人が変わったようにスッポンモードに突入しちゃう。 幼い頃から彼女のことを知る私は、観念するしかないと思ったの。 根掘り葉掘り聞かれるままにアレコレ答えたら、あっけらかんとそんな風に言われてしまった。 「でっ、でもっ……私またあんなのは……」 「ストップ! ね、昔、花々里《かがり》ちゃんに美味しいものくれてたお兄さんと……その、えっと……」 「頼綱《よりつな》?」 「そう、その頼綱さんとやらは別に同一人物じゃないんでしょう?」 私が子供の頃、依存しきっていたお菓子のお兄さんと突然会えなくなって意気消沈して、あまつさえそれがトラウマになっていることを知っている小町ちゃんが、「その人と頼綱さんのことは別物として考えなきゃダメだと思うな」って言って。 「そ、それは……そうなんだけど……」
「ってことがあってね、私、その人の家に住み込みで働かせてもらうことになったの」 昨夕 御神本家《みきもとけ》の夕飯で食べた、菜の花のバター醤油ソテーを頬張りながら、何でもないことのように週末我が身に起こったあれこれを適度にかいつまんで話したら、 「急展開すぎるでしょ!」 小町《こまち》ちゃんがコーヒーをひと口飲むなりそう言って、私に迫ってきた。 ですよねぇぇぇぇ。 私自身そう思ってるもん。 でもちょっと待ってね。口の中の菜の花、飲み込んじゃうから。 菜の花をよく噛んで飲み込んでから、ついでに水筒の中の熱いお茶をひと口飲んで、口の中をリセットする。 はぁ〜。玄米茶美味しぃ〜。 てっきり御神本家には玉露しかないのかと思っていたら、飲み慣れた玄米茶もあると知って大喜びした今朝。 八千代さんが遠慮なく飲んでいいのよと言ってくださったから、今日はお言葉に甘えて急須で出した熱々2口分を、魔法瓶にたっぷり詰めてきちゃった♪ 熱いお茶と美味しい残り物にほっこりしていたら、 「ところで花々里《かがり》ちゃん。私が何も知らないと思って、雇い主の説明かなり端折ったでしょ?」 言われてキョトンとしたら、 「へっへっへ。実は私、ヒロくんから電話でその人のこと、色々聞いてるのよ?」 次いでニヤリとしながら告げられた言葉に、私は「えっ」と口ごもる。 私が小町ちゃんに話したのは、理由あって、先の週末から母の古い知人の家で住み込みで働き始めたということ。 学費も立て替えてもらっている手前、その人に頭が上がらない私には選択の余地がなかったと言うこと。 その相手がお金持ち?の家の嫡男で、結構大きめな
帰路のことが気になって、振り返り振り返り進行方向とは逆向きの景色を確認しながら歩いていたら 「花々里《かがり》。お前、俺の話聞いてる?」 問われて「今、目印覚えてるんだから静かにっ!」って眉根を寄せる。 途端、寛道《ひろみち》に 「視覚に聴覚が影響与えんのか、お前」 溜め息混じり、「独立させろよ、五感」と呆れたように言われてから、 「因みに一応聞くんだけど……まさかお前、車とか目印にしてねぇよな?」 聞かれて、ギクッ!としてしまった。 「バッ、バカにしないで!」 それらが動いてしまうこと、私、ついさっき嫌と言うほど思い知ったんだから! 「じゃあさ、何覚えたのか言ってみ?」 言われて「コンビニでしょ? あと……あそこのお家、お庭に大きな黒いワンちゃんいた! それから……あっちのアパートのベランダ、真っ赤なワンピース干してあった!」と指折り数えたら「花々里、それ……迷うための努力をしてるわけじゃねぇよな?」って溜め息をつかれた。 「どういう意味よ!?」 キッ!と睨みつけたら「庭のワンコは散歩行ったり家ん中入ったりしねぇのか? それからベランダのワンピースは乾いたら取り込むよな、普通」と苦笑いしながら言われて。 「あ……」 って思わずつぶやいてから「でっ、でもっ! コンビニは動かないわっ!」って言い募る。 「まぁ、そん中じゃ1番マシだな。けど花々里。コンビニとかチェーン店ってさ、似た感じの作りのがあちこちにあっからな? お前みたいな方向音痴が目印にするのはハードル高ぇだろ」
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